「Pretender」というタイトルがすでに“夜の恋”を暴いている

Official髭男dismの「Pretender」は、世間ではやれ“不倫の歌”だの“浮気の歌”だのと語られがちだ。でも、それは表層しか見ていない。これはどう考えても――キャバクラ嬢に沼った男の、あまりにも正直すぎる独白である。

まずタイトルがもう答えを物語っている。
Pretender=なりすまし、偽装者、ふりをする人。
本物じゃない関係、本物じゃない感情、本物のように演じられる時間。2019年公開の映画 『コンフィデンスマンJP ロマンス編』の主題歌だったという事情もあるだろうが、この言葉ほど夜の街の恋を的確に表す単語はない。

つかめそうでつかめない――キャバクラ的ロマンスの構造

「いざ始まればひとり芝居だ」
──キャバクラ(あるいはホストクラブ)に行ったことある人間は全員うなずくところ。
店に入った瞬間、男も女も役者になる。オキニの前で愛を語り、特別感を信じ、必死に“彼氏”になろうとする。そして、キャストも疑似彼女を演じる。
でも、その中で自分は何者なのか?と冷静に考えれば、結局ただの観客。チケット代は安くない。

店外デート?  アフター?
そこに返ってくるのは、感情を伴わない「I’m sorry」。
なのに、ふとした瞬間に落とされる“好きのチラ見せ”。視線、距離、言い方。絶妙なボディータッチ♡
そう、これは恋じゃない。巧妙に仕組まれたトラップだ。
しかも罠の出来がいい。

つかめそうでつかめない距離感は、まるで「パン食い競走」。
あと一歩で届きそうで、永遠に届かない。
気づけばお金と時間だけが削られていく。
だから、歌詞はこう言う。
「君とのロマンスは人生柄 続きはしない」
そりゃそうだ。サラリーマンに“人生柄”の逆転はなかなか起きない。そもそも財布が続かない。

だから男は思ってしまう。「嬢と客」の関係性じゃなくて、
「会社の同僚」とか、「友達の友達」とか、「趣味仲間」とか、
もっと“シャバ”で出会いたかった。それが「もっと違う設定」の正体だ。

「君はきれいだ」にすべてが回収される

そしてクライマックス。
「君の運命のヒトは僕じゃない」
わかっている。
わかっているけど、
「でも離れがたい」。
この感情こそが“沼”。理性よりも先に、足が店に向かってしまう男の愚かさだ。

最後に藤原聡は、すべてを悟ったようにこう結論づける。
たったひとつ確かなことがあるとするのならば、
「君はきれいだ」

──そうなんだよ。
きれいだから、すべてが始まった。
きれいだから、全部わかっていても通ってしまう。
しかも彼女は、承認欲求まで満たしてくれる。

「Pretender」は恋愛の歌じゃない。
錯覚と演技とお金でできた、夜の街のリアルなドキュメントだ。キャバでもホストクラブでももうどっちでもいい。夜の街で夜な夜な繰り広げられる人間ドラマなのだ。だからこそ、刺さる。
そして今日もまた、誰かがこの曲を聴きながら、同じ店のドアを開けている。