離婚伝説という名前は、音楽シーンの中でもひときわ異様な存在感を放っている。だがそのインパクトのあるアーティスト名の裏で、彼らが鳴らしているのは、驚くほど繊細で、静かな感情の音楽だ。
離婚伝説は、シンガーとトラックメイカーによるデュオで、シティポップやR&Bの影響を感じさせる洗練されたサウンドに、恋愛や人間関係の“壊れる手前”の感情を乗せることを得意とするアーティストである。
彼らの楽曲には、決定的な別れも、劇的な和解もほとんど描かれない。
あるのは、関係の温度が少しずつ変わっていく、その途中の空気だ。
「紫陽花」は、まさにその美学を象徴する一曲である。
紫陽花という花が持つ二重性
紫陽花は、土壌によって色を変える花だ。
同じ場所に咲きながら、青にも紫にも、時には赤にもなる。
日本では「移り気」という花言葉を持つ一方で、「辛抱強い愛」「家族団らん」といった意味も与えられている。
この矛盾した二重性こそ、離婚伝説が描く人間関係と重なる。
愛は続いているのか、終わっているのか。
そのどちらとも言い切れない状態を、彼らは紫陽花という花に託した。
一つの偶然が呼び起こした、個人的な共鳴
この曲に出会ったとき、強い既視感を覚えた。
それは「紫陽花」という言葉が、すでに自分の中に深い物語を持っていたからだ。
私は2019年ごろ、「紫陽花の小径」という詩を書いた。
バツイチ同士の男女が、もう一度誰かを信じてみようとする、その瞬間を描いた詩である。
離婚伝説の「紫陽花」が歌っている世界と、不思議なほど同じ場所を向いていた。この曲を聴いたとき、そんな驚きを覚えた。
恥ずかしながら、詩はこちら。
「紫陽花の小径」
紫陽花の咲く 六月の小径
せっかちな君が
歩幅あわせて歩いてくれてること
ひそかに気づいてたよ
紫陽花の花言葉は移り気だよねという私に
辛抱強い愛情って意味もあるんだって
さりげなく打ち消す君の横顔
のぞき込むように見つめた
後ろを向きがちな私の気持ち
いつも自然体に前を向かせてくれる
その優しい力強さに
今度こそ大丈夫って
強く思えた
寄りかかるでもなく
寄りかかられるでもなく
寄り添うように
共に歩く 石畳の小径
私だけじゃなくて
子供のことも大切に想ってくれたのは
君が初めてで
最初は信じることができなかったけれど
無邪気な笑顔で キャッチボールする背中
大きく見えた
紫陽花の花言葉は移り気だよねという私に
家族団らんって意味もあるんだよって
教えてくれた君の横顔
じっとのぞき込んだ
後ろを向きがちな私の気持ち
いつもさりげなく前を向かせてくれる
その温かいまなざしに
君なら大丈夫って
強く思えた
諍いばかりの毎日に疲れ果てたあの頃
幻滅と裏切りの日常に
信じることを忘れていたけれど
男も捨てたもんじゃないと
もう一度 共に歩く道 思い描いた
小径にある 雑貨屋で
どれが好きと選んだ絵葉書
同じ図柄に手が重なって
はにかむように 慌てて離した君のしぐさ
二回目に臆病になってた気持ち
溶かしてくれた
紫陽花の咲く 六月の小径
店先から出ると降り出した雨に
何も言わず
そっと傘を差しだして
径の左側 寄り添うように 促した
君についていこうと 決めた
離婚伝説の「紫陽花」と、この詩が立つ場所
この詩と、離婚伝説の「紫陽花」は、時間も作者も違う。
それでも、驚くほど似た場所に立っている。
どちらも描いているのは、一度壊れた心が、もう一度誰かと歩くかどうかを迷っている瞬間だ。
離婚伝説の「紫陽花」は、関係が揺らぎ始めた二人の歌であり、「紫陽花の小径」は、そこから一歩踏み出そうとする二人の物語だ。
紫陽花という花が、人の心をここまで映し出すのは、
それが“変わりながら咲き続ける花”だからだろう。
なぜか、紫陽花は雨の似合う花でもある。



