幾田りら「スパークル」恋に落ちる“その一音”のきらめき──平安歌人のような繊細な感性で恋心を歌う
幾田りらの「スパークル」は、恋に落ちる一瞬のきらめきと、その裏側にある不安やはかなさを、音と言葉の両面から丁寧にすくい取った楽曲だ。
タイトルの「スパークル(sparkle)」とは、「きらめき」「一瞬の輝き」を意味する言葉。永遠ではないからこそ強く光る感情、その刹那性がこの曲全体を貫いている。
「煌めいて消えてった ひとひらの恋の結末は」というフレーズの直後、ピアノがたった一音、静かに落とされる。その音は、水滴が葉先から零れ落ちるようであり、同時に心がふっと重力を失い、「落っこちていくような心地」へと導かれる。この一音こそが、「恋に落ちる」瞬間の音なのだろう。
かつて国語の教科書にあった「赤い実はじけた」という物語を思い出す。感情が臨界点を越え、もう元には戻れない瞬間。幾田りらはその“恋の赤い実が弾ける刹那”を、言葉ではなくピアノの音で描写してみせる。しかもそれは派手な高音ではなく、静かで、しかし確実に心に残る一音だ。
けれど、この恋は決して幸福一色ではない。
「君がいとおしく思うのは私じゃないかも」という疑念、「すべて打ち明けること」への臆病さ。片思いゆえの逡巡や自己抑制が、過剰な説明を排して、行間ににじませるように描かれている。
「浮かんで消えた二文字が駆け巡る 声にできず」。
その二文字はおそらく「スキ」なのだろう。しかし幾田りらは、あえて明言しない。リスナー一人ひとりに「あなたなら何の二文字を思い浮かべるか」と問いかけるように、この余白を残す。その余白こそが、この曲を“自分の恋”に引き寄せる力になっている。
幾田りらは、YOASOBIのボーカルikuraとしての顔とはまた違う、ソロアーティストとしての繊細な表現力をこの楽曲で存分に発揮している。作詞・作曲を自身で手がけ、ピアノを軸にしたシンプルなアレンジが、感情の微細な揺れを際立たせる。
恋心のきらめき、痛み、そして消えていく予感。
それらを古今和歌集の歌人のような感性で現代の言葉に編み直した、「スパークル」は、幾田りらの代表作のひとつと呼ぶにふさわしい名曲だ。


