想像力に委ねられた、静かなエロス

とにかくこの曲は、エロい。
露骨ではない。むしろ逆だ。
「うたたね」は、官能小説を一頁ずつめくるような、想像力に委ねられたエロスでできている。

歌っているのはLeina。柔らかく、どこか眠りの縁にいるような声を持つシンガーソングライターだ。
彼女の楽曲には一貫して、感情の体温がある。強く叫ばない代わりに、耳元で囁く。日常と夢、現実と欲望の境界線を、あいまいなまま漂わせるのが彼女のスタイルだ。

「うたたね」というタイトルからしてすでに示唆的だ。完全な眠りではない。意識がほどけ、感覚だけが残る状態。
この曲が描くのも、まさにその“半分目覚めた欲望”である。

直接描かないからこそ、濃くなる欲望

歌詞は巧妙なメタファーに満ちている。
「致す」行為を、決して直接的には描かない。
だが、連想させる余白があまりにも豊かだ。

「私も右手で焦らされたい」

その“右手”はいま、何をしているのか。
ギターを弾いている、と言えばそれまでだ。
だが、聴き手の脳内では、その右手はもう別の役割を帯びてしまう。

アップ、ダウン、アップ、ミュート、ダウン。
音を鳴らす、激しく絡む。
きっとそれはギターの奏法なのに、言葉は明らかに別のリズムを呼び起こす。

極めつけは、

「私はあなたのギターになりたい」

という宣言だ。
これは比喩でありながら、同時に欲望の告白でもある。
“弾かれたい”“触れられたい”“支配されたい”。
そう扱われることを、主体的に選び取る視線がここにはある。

さらに、

「密着しながら激しく揺れたい
貴方に揺らされながら」

ここでも映像ははっきりとは提示されない。
だからこそいい。AVのように直接的に見せられるエロスではなく、言葉で紡がれた淫靡のほうが、はるかに官能を刺激することをLeinaはよく知っている。いや、そもそもそういう目的の曲ではなく、これは自分の勝手な妄想なのかもしれないが。

消費されない官能、危うさの美学

この感触は、Coccoの「強く儚い者たち」を思い出させる。
「あなたのお姫様は誰かと腰を振っているわ」
それを“強く儚い”と表現するあの感性。
肉体的な行為を、精神の脆さや美しさへと昇華する視点が、Leinaの「うたたね」にも確かに通脈している。

Leinaは、エロスを消費させない。
説明もしない。
ただ、言葉を置き、音を揺らし、聴き手の想像力に火をつける。

「うたたね」は、眠りに落ちる前の数分間、理性がほどけ、本音だけが浮かび上がる時間を音楽にした曲だ。
気づけばこちらも、目を閉じたまま、想像の中で揺らされている。

それがこの曲の、いちばん危険で、いちばん美しいところなのだ。