全方向から放たれるポップの魔力――乃紫「全方向美少女」
「Are u ready?」の一声から始まるイントロは、耳にした瞬間から遊び心に満ちている。リスナーによっては「腹いっぱい 腹いっぱい」にも、「腹減った 腹減った」にも聞こえてしまう曖昧さがあり、意味よりも音のノリが先行する。この“空耳余地”こそが、替え歌文化やSNSとの親和性を高め、楽曲を一段と拡張させやすいものにしている。
曲の核にあるのは、「世にも美しき怪物=女の子」という設定の鮮やかさだ。美しさを無条件に称揚するのではなく、“怪物”と呼んでしまう大胆さ。対極にある「世にも醜き怪物」は美少女の数十年後の世界だろうか。私がオバさんになったらの世界線。もちろん森高千里のように「美」を保てれば美魔女モンスターになれるのだろうが。そんなことを想像したら確かに空恐ろしいが、その想像力の振れ幅まで含めて、この曲は聴き手の感性を刺激する。美は脅威であり、同時に祝福でもある、という二面性が軽やかなポップスの中に忍ばされている。
〈正面で見ても 横から見ても 下から見てもいい女〉というフレーズは、言葉そのものが映像を連れてくる。テンポの良さも相まって、カメラがくるくると被写体を回り込むようなカメラワークが自然と脳内再生される。アニメの主題歌を思わせる疾走感と、いわゆる“女子力の高い”ビート感覚は、視覚メディアとの相性の良さを強く感じさせる部分だ。
タイトルの「全方向美少女」もまた秀逸だ。「全方向」という言葉の響きが持つ万能感、無敵感は、どこかスキマスイッチの「全力少年」を連想させる。もちろん曲調はまったく異なるが、対象は違えど、“全◯◯”という日本語特有の勢いが、楽曲の推進力になっている。美少女を正面からだけでなく、あらゆる角度から肯定するという宣言は、自己肯定と遊戯性を同時に成立させている。
ジャケットビジュアルも抜かりない。目のアップショットに「全方向美少女」の文字と♡が3つ。かわいらしさと匿名性が共存しており、個人が真似してSNSに投稿しやすい余白が残されている。顔全体を出さずとも“参加”できる設計は、現代的な拡散力を意識したものだろう。
この楽曲を生み出した乃紫(のあ)は、作詞・作曲・歌唱を自ら手がける新世代のアーティストだ。ネットを起点に注目を集め、等身大の言葉とキャッチーで中毒性の高いメロディで支持を広げてきた。特定のジャンルに安住せず、J-POP、アニメソング、ネットカルチャーの感覚を自在に横断する柔軟さが、彼女の最大の武器と言える。
「全方向美少女」は、単なる“かわいい曲”では終わらない。音の楽しさ、言葉の仕掛け、ビジュアルの戦略、そして自己像のアップデートまでを含んだ、現代ポップスの一つの完成形だ。全方向から聴いても、見ても、共有しても成立する――その意味で、この曲自身がすでに「全方向美少女」なのである。


