冨岡愛「デジャヴ」──記憶のコピーと情念を歌う、新世代ポップスの核心

冨岡愛の「デジャヴ」は、別れた恋人との思い出が“別の女性との新しい思い出として再演される”という、恋愛に潜む静かな暴力と嫉妬を鮮烈に描き出す一曲だ。曲の表面はポップで軽やかなのに、その奥には非常に人間臭く、根深い情念が渦巻いている。

このテーマは、恋愛経験のある多くの男性にとって“あるある”だろう。元カノが連れて行ってくれたカフェや観光地、教えてもらった映画や音楽──そうした“元恋人由来のセンス”を、別れた後の男は無意識に自分のものとして新しい彼女に差し出してしまうことがある。いわば、人は付き合った相手の成分を身にまとい、そのまま次の恋に持ち越してしまう。

しかし、その行為は元カノ側から見ると、思い出の盗用でもあり、情念の再燃でもある。男の恋がフォルダ保存、女の恋が上書き保存と言われるけれど、“新しい彼女に奪われた経験”そのものは消えず、恨みや嫉妬は形を変えて残り続ける。冨岡愛の「デジャヴ」は、この“消えない女の妄想と情念”を、驚くほどリアルに、しかもポップに歌い上げた。

歌詞には、「あの場所へ行って思い出塗り替え」という、まさに“記憶の書き換え”の痛みが描かれている。別れた恋人が、かつての特別な場所を新しい恋人で上書きしようとする――それが許せない、という心の叫びだ。そしてサビで放たれる「デジャヴに感じて わたしを探して?」という言葉は、忘れられていく痛みと、“まだ心のどこかで私を思い出してほしい”という切実な願いが交錯する。

さらに特筆すべきは「愛に会いたくなって」というフレーズだ。これは“愛”という感情にも、“冨岡愛”という本人自身にも重ねられる巧妙なダブルミーニングであり、聴く者の解釈を揺さぶる。新しい恋人と過ごす時間の中でふと蘇る“既視感”――その正体は、もしかしたら“私(愛)”への未練なのではないか。そんな女の妄想と情念がひそやかに潜む。

この鋭い視点を成立させているのは、冨岡愛というアーティストの背景だ。幼少期から10年以上をオーストラリアで過ごし、帰国後に作詞作曲を始めた彼女は、多文化的な感性と日本的な情緒の両方を併せ持つ。セルフプロデュースで世界観を築くスタイルは、彼女の心象風景を作品に濃く反映し、恋愛の痛みを“普遍性を持った物語”へと変換している。

冨岡愛は、過去と現在を揺らし、恋愛の影をポップスの中に鮮明に焼きつけた。「デジャヴ」は、聴く者の心の奥――“まだ終わっていない感情”を静かに揺さぶる。