起業家・個人事業主を励ます歌

「恋」や「愛」という言葉が登場するから、「終わりなき旅」は恋愛の懊悩を描いた楽曲だ、と受け取られることが多い。たしかにそれは第一義として正しい。
けれど私にとってこの曲は、どうしても起業家・個人事業主を励ます歌として響いてしまう。

理由は単純だ。
20年前、起業したばかりの自分が、この曲に救われたからだ。

家賃を払うのがやっとの売上。
この選択は本当に正しかったのか。
そもそも自分は、どこへ向かおうとしているのか。
そんな問いに押し潰されそうになっていた時、ふと耳に入ってきたのが「終わりなき旅」だった。

絶妙な終助詞の「な」

高ければ高い壁の方が
登った方が気持ちいいもん
まだ限界だなんて認めちゃいないさ

誰の真似もすん 君は君でいい

この「な」という終助詞が絶妙だ。
断定でも説教でもない。憧れの先輩が、肩をポンと叩いてくれるような距離感。桜井和寿にそう言われた気がして、思わず涙が出たのを今でもはっきり覚えている。

当時は「働き方改革」なんて言葉もなかった。
仕事とは、

カンナみたいにね 命を削ってさ
情熱を灯しては

という世界だった。
未来に夢を描ける事業家だからこそ、この削り方に意味を見いだせたのだと思う。現状は苦しくても、「未来だけを見据える」ことができる。この点が、起業家の心に強く刺さる。

閉ざされたドアの向こう側に夢を持てるのは、自分の理想があって、あえて不安定な道を選んだからだ。「きっときっとって」と桜井の声でアクセルを踏まされ、「どこかに自分を必要としてる人がいる」と背中を押される。起業したことは、間違いじゃなかったんだと。

陰と陽が絶妙に混ざり合うところがリアリティーを生みだす

この曲が特別なのは、ウルフルズやもろもろの陽キャ仕様の応援歌ではないところだ。「いいことばかりではないさ」と現実を直視する。光と影が混ざり合っている曲だからこそ、リアリティーがあり、信じられる。だからこそ「もっと大きなはずの自分」になれる気がしてしまう。

それが勘違いだったとしてもいい。
その錯覚を、事業を前に進めるエネルギーに変えられるなら。

「終わりなき旅」は、静かに起業した人の心を動かす。おそらくこの曲に救われた人は自分だけではない。

救済の曲。

ある意味、宗教性を帯びた一曲でもある。病んだ気持ちで聴いたら、その時点でもう“桜井教”の信者としての「終わりなき旅」が始まるだろう。