絶妙な漢詩構造に宇多田の教養
宇多田ヒカルの「Addicted to you」は、まるで漢詩の五言絶句のような構造を持ったラブソングだ。言葉数は決して多くないのに、起承転結がくっきりと刻まれ、感情が鮮やかに跳ねる。その緊張感こそが、この曲をただの恋愛ポップスから、文学の域へと押し上げている。
冒頭で描かれるのは、恋人を突き放すような尖った態度だ。
「別に会う必要ない」「毎日話す必要ない」と言い切る語り口は、強がりと自意識に満ちている。これは単なるクールさではなく、不安を抱えた人間が自分を守るために身にまとう鎧のようなものだ。宇多田は「不安があるから強くなる」と歌い、「子供じゃないんだから」と背伸びする。ここには、誰かを欲しながらも、それを認めるのが怖い心理が生々しく刻まれている。
「転」の見事さ 逆接の教科書
この曲を五言絶句と呼びたくなるのは、「転」の運びの見事さゆえだ。
前半のツッパリが「だけどそれじゃ苦しくて」という一言でひっくり返る。たった一つの逆接で、世界が反転する。強がっていた心が一気にほどけ、「毎日会いたい」「苦しい」という本音が噴き出してくる。そして極めつけは、「子供じゃない」と言い放った本人が、「おとなになりたくて」と呟くことだ。この自己矛盾の露呈こそが、人が恋に落ちる瞬間の真実を突いている。大人でいたいのに、誰かに甘えたい。そのシーソーの揺れが、リスナーの胸をざわつかせる。
終盤の「キスより抱きしめて」「いきなりやめないで」という叫びは、理性の崩壊だ。もう格好はつけない。ただ、あなたが欲しい。その剥き出しの熱情を、宇多田ヒカルの声は痛いほどのリアリティで伝えてくる。クールな前半があるからこそ、この感情の爆発は何倍にも鋭く響く。
宇多田にAddictedされる一曲
タイトルの Addicted to you に込められた “addicted” とは、「好き」というレベルを超えた依存、中毒のことだ。理屈では距離を取ろうとするのに、身体と心が相手を求めてしまう。そのどうしようもなさを、この曲は正面から描いている。そして同時に、この歌そのものが、聴く者を宇多田ヒカルに“中毒”にさせる力を持っているのも事実だ。
この「Addicted to you」が収められたアルバム『Distance』は、独身時代の宇多田ヒカルの真骨頂とも言える作品だ。孤独と欲望、強がりと依存、そのすべてをクールなサウンドの中に封じ込めながら、感情の深部だけは決して隠さない。『Distance』に通底するのは、「一人で立っていたい」という意志と、「誰かにすがりたい」という本能のせめぎ合いであり、「Addicted to you」はその最も鮮烈な結晶だ。
強がって突き放し、けれど結局は「やめないで」と叫んでしまう。その矛盾ごと愛を描いてしまうところに、宇多田ヒカルの天才性がある。恋に落ちるとは、きれいごとでは済まない中毒なのだと、この曲は教えてくれる。



